※女体化年齢操作意味不明現パロ






「おじさま」
 少年のように無骨な印象だった少女は、少し見ないあいだに、艶やかに匂い立つ花を咲かせていた。
「私、結婚するの」
 サリエリが微笑みをたたえながらそう言った。カップを持つ手に指輪が光る。古い喫茶店の店内は、やけに時間をゆるやかに感じさせる。彼女がティーカップを持ち上げ、そして下ろすまでに、その手に輝く指輪がどんなふうに窓から差し込む光を照り返すか、それが妙に克明に目に焼き付いた。
 この席は明るすぎる。窓際の席から、ダンテスは初夏の陽光のもと白く光るアスファルトに視線を投げた。サリエリの身に纏う白いワンピースは、あまりにも目に眩しい。
 昔、一時期身寄りをなくしたこの娘の面倒をみた。しかし、ほどなくして、彼女は彼女自身の力で道を切り拓いていった。ダンテスはそれを誇りに思っていた。一点の翳りもなく。
 大きくなったらおじさまと結婚する。
 そんな戯言を垂れていたが、それは親愛と恋情を履き違えた子どもの惑いだとわかっていた。そのことが、このたび晴れて証明されたわけだ。そうダンテスは思っていた。
「あなたほど美しくなくて、あなたほど強くもない。そんな男と一緒になるわ」
 サリエリの、結婚を目前にした幸福な女にしては妙な言い草に、ダンテスは面食らって目を瞬かせた。
 何も変わらない。サリエリは、目の前のダンテスを見てそう思った。出会った頃から皺一つ増えていないように思う。かんぺきに美しい。私が神であったなら、彼を永遠に楽園に置くだろう。そんな夢想をするほどに。
 ダンテスは瞠目して、タバコを挟んだ指を宙空に持ち上げたままにしていた。変わらない紫煙の香り。見目の変わらないダンテスとこうして向かい合っていると、彼はあの頃咥えていたタバコの続きを吸っているのではないかと思えてくる。そんなことがあるはずもないのに。
 私は歳をとって、結婚適齢期で、それなりに身を立ててきたし、今回それなりに身を固める。それが正しい『時間』の話だ。そして、時間に敗北した女の。
 サリエリは、呆けたままのダンテスの指からタバコを奪う。慣れないタバコを一服、肺に入れる。肺よりももっと深くまで入ってしまえばいいと思いながら。脳がきゅっと引き締まり、指先がジンと痺れるような感覚がした。喉がチリチリと痛む。
 この人が、かつて美しいと褒めてくれた自分の声。台無しになってしまえ。そうサリエリは願った。
 私にもしも美しいときがあったとしたら、それはすべてあなただけのためだったのに。
 彼の記憶の中ではずっと品行方正なままであっただろうサリエリの暴挙に、ダンテスは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くした。タバコを返す代わりに、サリエリは身を乗り出す。陽の光を受けて、月のように煌めくまあるい瞳を間近に捉えながら、ああ、好きだな、とサリエリは思った。この人以上の人に出会えないまま、こんなにも時間が経ってしまった。
 これほどに禍々しい口付けがあるだろうか。サリエリは、我が事ながら声をあげて笑いたくなった。これは愛の儀式ではない。祝福でもない。
 ただの呪いだ。
 愛しい男よ、呪われてくれ。一生、私に。
「……エドモン。私は一生、あなたの女よ」
 解放されてもなお何も言えない様子のダンテスの指に、サリエリはそっとタバコを持たせた。
「結婚式には来てね」
 サリエリは意識してにっこりと笑顔を作った。
 そして、私のことを思うとき、人生で一番美しい私の姿を思い出してね。そんな醜悪な想いを胸に抱きながら。
 いまの自分は、きっとかんぺきに笑えていたはずだとサリエリは思った。けれど、リップだけは崩れてしまっていたかもしれない。サリエリは無意識に己の唇に触れようとした指を、自身のプライドによって捩じ伏せた。
 サリエリはソファに腰を落ち着け直すと、カバンから結婚式の招待状を取り出した。
「出席の可否は送り返してくれなくていい。ただ、日時が書いてあるから」
 何があっても、あなたの席は取っておく。
 言外にサリエリが含ませた意味に、ダンテスは久しぶりに、ようやく頬を緩めた。タバコを持つのと反対の腕を上げて、招待状を受け取った。それをすぐにテーブルの上に置いてしまう。目元を微かに綻ばせて、何もないはずの、少し斜め下に視線を落とす。疲労のような、諦念のような、ともすれば慈愛のような、僅かな隙が彼の顔に哀愁の影を落とした。
 この人は歳を取ったのかもしれない。そのとき初めて、サリエリは思った。
「……必ず行く」
 ダンテスは、ようやくそれだけを口にした。それから、指先に熱を感じるほど縮んだタバコに、これが最後と口付けた。沈黙の代わりに。
「……一番立派な花を贈ろう。世界中の、どんな花嫁も見たことがないくらい立派な」
 それを口にできたのは、ひとえにダンテスの矜持のためだった。まるで自分が何かを喪ったかのような、不可解な敗北感に対する、それがせめてもの抵抗だった。




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2019.05.19

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