夢の一戸建て
※無料配布本に載せようと思って書いたけどボツにしたもの※


「シャア?」
 声を掛けられ、はっとして顔を上げると、テーブルを挟んで向かいにガルマが座っていた。
「どうした?ぼーっとして」
 ガルマはからかうように目を細める。このリビングの広さからして、ここはありふれた、さほど豪奢でない民家のようだ。生活感の溢れる小物たちを見て思い出す。私とガルマはここで暮らしているのだ。テーブルの隅には、種類のバラバラのティーバッグやラップトップのコードやらがごちゃごちゃと置かれている。
「いや、なんでもない」
 私がそう答えるとガルマはくすりと笑い、ゆったりとした仕草で手元のティーポットを傾けてカップに紅茶を淹れてくれる。ふたつのカップを満たすと、湯気の立ち上るカップのひとつを私のほうに音もなく滑らせる。私がそっと口を付けるのをガルマはじっと見ていた。
「うまいよ」
 その視線に応えて言うと、よかった、と言ってガルマは顔をほころばせた。
 この部屋には時計がない。ガルマの背にした窓から射す光を見るに、午後の二時くらいだろうか。柔らかい陽光が、時の流れをやけにゆっくりと感じさせる。
 お互いになにを話すでもなく時間の過ぎ行くままにしていたが、ふいに私は抗いがたい睡魔に襲われた。
「ガルマ、私は部屋に戻るよ」
 そう言ってやや唐突に席を立ったが、ガルマは特に気にする様子もなく、今日の夕食はなんとかを作るよ、などと閉まるドアの隙間から私の背に声をかけた。あまりの眠気に、ガルマがなんと言ったのかよくわからなかった。

 二階の寝室に上がって倒れ込むようにベッドに横になる。カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、なにもかも灰色に見えた。そして溶けるように眠りに落ちようとしたそのとき、窓のすぐそばで鳥の羽ばたく音がした。その瞬間、私の頭の一部が覚醒した。

 ガルマは死んだ。私が殺したのだ。こんな暮らしがあるはずがない。

 全身の細胞が警鐘を鳴らし始める。あのガルマはこの世のものではない。ティーポットを傾けた繊細な指先が脳裏に甦る。彼は結局、自分のティーカップに口をつけなかった。

 崩れ落ちそうになる身体を叱咤して、今しがた上ったばかりの階段を慎重に下りた。ガルマのいるリビングへと続くドアの前を、磨りガラスに影が映らないよう身を屈め、息を殺して通り過ぎる。
 舞い上がる埃の動きにさえも肝を冷やしながら、ようやく玄関のドアに手を付いた。音を立てないよう、時間をかけて鍵を開ける。酷く焦れったい時をなんとか堪え、ようやくドアを開けた。目の前に広がる昼間の光、そして平和なアスファルトの道路を見て、全身の細胞が息を吹き返すのを感じた。
「出掛けるのか?」
 背中に掛けられた声に、心臓が鷲掴みにされたかのように引きつった。
 背筋を冷たい汗が伝うのを見透かされないよう、平静を装って振り向いた。一体いつの間に背後に?
「…ああ。すぐ戻る」
 逸る心を抑え、ゆっくりと敷居を跨いだ。ちょっとそこまで。そんなふうを気取って。
「いってらっしゃい」
 そう言ったガルマの表情は影になり、私からは見ることはできなかった。




「シャア?」
 声を掛けられ、はっとして顔を上げると、キッチンのカウンターの向こうからガルマがこちらを覗き込んでいた。
「どうした?ぼーっとして」
 ガルマはからかうように目を細める。このリビングの広さからして、ここはありふれた、さほど豪奢でない民家のようだ。生活感の溢れる小物たちを見て思い出す。私とガルマはここで暮らしているのだ。目の前のテーブルの上には食器が並べられている。それらに追いやられるように、テーブルの隅には種類のバラバラのティーバッグやラップトップのコードやらがごちゃごちゃと重ねられている。
「またカレーか」
 漂っているにおいに私がそうこぼすと、ガルマはカウンターを回って器に盛ったカレーを運びながら、だったら君が作れよ、と穏やかに抗議した。
「にんじんはちゃんと星型だぞ」
 にんじんを星型にしてくれなどと頼んだ覚えはないのだが、ガルマはなぜか私がそれを喜ぶと思っているらしい。そんなガルマをいじらしく思ったので、誤解はそのままにしておいた。ガルマは私の向かいの椅子に腰掛けると、私がスプーンを口に運ぶのをじっと見つめている。
「うまいよ」
 その視線に応えて言うと、よかった、と言ってガルマは顔をほころばせた。それからガルマもカレーに手を付け、たわいもないことを語り出す。最近近所のスーパーの野菜が高いとか、あの角のタバコ屋が開いているのを今日はじめて見たとか、そういうことを。適当に相槌を打ちながら聞いていたが、徐々に私は身体のだるさを覚えはじめた。
「ガルマ、すまないが、私は先に二階に行くよ」
 カレーの皿もそのままに私は席を立ったが、ガルマは特に気にするふうでもなかった。朦朧とする意識のなかで、じゃああのドラマ録画しとくよ、などとガルマが言うのを聞いた気がしたが、もはやそれすらも朧気だった。

 二階の寝室に上がって倒れ込むようにベッドに横になる。夜の部屋は真っ暗でなにも見えない。シーツの白さがかろうじてわかるだけだ。そして溶けるように眠りに落ちようとしたそのとき、家の前を車が通り、カーテンから差し込んだヘッドライトの明かりが壁を舐めるように横切った。その瞬間、私の頭の一部が覚醒した。

 私はこの家から逃げ出したはずだ。あのときの緊張が鮮明に甦る。手に汗を握りながら、玄関の鍵を開けたことが。

 感覚の薄れ行く体を、心臓が早鐘を打って強引に目覚めさせた。ガルマは一体私をどうするつもりなのだろう。想像したくもなかったが、その恐怖が私の五感を甦らせた。全身が心臓になったかのように、指先が鼓動に合わせて痙攣する。私は力の抜け切った腕をなんとか持ち上げると、ベッドサイドの照明を灯した。身体を叱咤してよろよろと立ち上がると、クローゼットの扉を開ける。積み上げられた靴の箱の一番下に、この家で唯一の銃がしまってあることを知っている。きっとこれが、この家に銃のある意味だ。重い蓋を開けて拳銃を手に取る。足をもつれさせながら鏡台の前の椅子にくずおれるように座った。薬のせいか、緊張のせいか、視界は白く霞みはじめていた。手の感覚を頼りにシリンダーを回す。こめかみに銃口を押し当てると、冷たい感触に夢と知りつつも首筋が粟立った。大丈夫だ、これが現実であるはずがないのだ。これで悪夢から目醒めるに違いない。ちょうどビルの屋上から地上に叩きつけられる瞬間に、夢が終わるのと同じように。私は自分に言い聞かせた。

 瞳を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。 汗ばんで滑りそうになる指に力を入れて、ついに瞼を上げた。鏡に写っていたのは、自らのこめかみに拳銃を突き付けたガルマの姿だった。

 鏡の中のガルマは麗しく微笑み、引鉄を引いた。




「シャア?」
 声を掛けられ、はっとして顔を上げると、テーブルを挟んで向かいにガルマが座っていた。
「どうした?ぼーっとして」
 ガルマはからかうように目を細める。テーブルの隅には、種類のバラバラのティーバッグやラップトップのコードやらがごちゃごちゃと置かれている。
「いや、なんでもない」
 私がそう答えるとガルマはくすりと笑った。




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2013.03.26

うん!意味わからん!(^-^)b


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