★幽霊のガルマがシャアの前に現れてなんやかんやというお話
☆Z後~逆シャアのあいだあたりでなんかシャアがちょっとのんびりしているとき(があったことにしてください)みたいな設定です
★カップリング要素は薄いです
☆シャア一人称
勝手に妄想して様々なねつ造をしています!!!!!
大丈夫そうな方はよろしくお願いします。






「シャア!起きろ!」
 ある朝、私は自室のベッドで叩き起こされた。
「一体なんだ……」
 私は目を閉じたままガルマに問いかけた。
「さては君、寝ぼけてるな?!私だぞ、ガルマ・ザビだぞ?!」
 ガルマはわかりきったことを妙に大げさに主張しつつ掛け布団をばすばすと叩く。なんなんだ、君がガルマだということくらい声を聞けばわかる。そう心の中でつぶやいて、ようやく事態の異常さに気がついた。
「ガルマ?!」
 掛け布団を跳ね飛ばして勢いよく身を起こすと、その勢いに尻もちをついたらしいガルマが、ベッドのそばの床に座り込んでいた。
 私が騙して死なせたはずの男。
 私は驚いて口も聞けなかったし、ガルマも同じようなものだった。私の飛び起きた勢いで、ベッドを叩いていたと思しき両手を顔の横に上げたまま、ガルマは微動だにしなかった。まるで拳銃を突き付けて手を挙げろと言われた犯罪者のように凍りついている。私たちは二人して、朝の爽やかな日差しの中で途方に暮れていた。小鳥の囀る声がやけに大きく響いた。
 どれだけそうして見つめあっていたのだろう。ついに膠着状態を破ったのは目覚まし時計のアラームだった。その厳然とした闖入者に、私の心臓は皮膚を突き破るんじゃないかと思うくらいの強さで跳ねた。反射的に、ほとんど殴るようにしてアラームを止めた。そして再びガルマを見下ろすと、彼はやっと手を下ろしていた。そして言った。
「……おはよう」
 少し照れ臭そうに笑うガルマを見て、私は現実を否定した。これは夢だ、そうに違いない。二度寝を決め込もうとした私を再度ガルマが叩き起こした。




**********




 驚くべきことに、幽霊というものであるはずのガルマは腹が減るらしい。空腹を訴えてきたのでパンケーキを作ってやった。普段なら決してそんなものは作らないのに、無意識に彼の好みを思い出していた。そんな些細なことを覚えている自分に驚く。生クリームが山ほど乗っていて、ベリー系のソースがかかったものが好きだったとか、そんなことまで。そして気がつくと私は、ガルマのためにラズベリージャムを添えたパンケーキを出してやっていたのだった。生クリームはさすがに常備していなかった。
「おいしい!」
 ガルマはいつか作ってやったときと同じように、満面の笑みを浮かべてパンケーキを頬張っていた。口の端にジャムを付けてしまっているのも相変わらずだ。無言でそれを指で拭いてやると、ガルマはむずがるようなくぐもった声を出した。ガルマに触れることができるということにまた私は驚かされる。
「ガルマ……。私たちはこんなふうに和んでいる場合ではないと思うんだが」
 ため息混じりに切り出すと、ガルマは瞠目した。
「殺伐としたほうがいいか?喧嘩でもするか?」
「いや、そういうわけじゃないが」
 私が言い淀むと、ガルマはにっこりと笑ってまたパンケーキを食べ始めた。自分の料理をこんなふうにおいしそうに食べてもらえるのは正直嬉しい。ただそれだけのことで絆されかけている自分に気付いてはっとした。
「ガルマ!」
 なんだかわからないがとにかくガルマのペースに巻き込まれたらまずい。ガルマは再びきょとんとした顔をしながら、パンケーキを咀嚼するのは止めない。
「君は幽霊だろう」
「うん、多分」
 口の中にパンケーキを入れたまま呑気に言うガルマにげんなりした。多分ってなんだ。
「本当にそうなのか?秘密裏に作られていたクローンかなにかじゃないのか、ザビ家の残党が私の元に送り込んで来たとか」
 ガルマはううんと唸ってから、パンケーキを紅茶で飲み下した。紅茶はもちろん私が淹れた。
「違うと思うけど。外に出てみればいいんじゃないか?幽霊って誰にでも見えるわけじゃないだろう。ほかの人に見えてないふうだったら、幽霊ということでいいんじゃないか」
 たしかにそうかもしれない。それにしてもガルマのこの落ち着き様は一体なんだ。自分がいまどうなっているのか、もっと知ろうとするものじゃないのかふつう。幽霊になると、そういった不安や焦燥など超越してしまうのだろうか。
 釈然としないものを覚えながらも、私は食器を洗ってしまうとガルマと表に出た。




**********




「やっぱり見えてないみたいだな」
「そうだな」
「じゃあやはり私は幽霊というわけだ」
「おそらくそうだろうな」
 私たちが向かったのは近所の喫茶店だった。私がいま仮住まいにしているアパートは、地球のとある地域の穏やかな街にある。戦火は遠く、ゆったりと時間が流れる。ここに身を置いて、もう一カ月になる。この街のおいしいパン屋も、雰囲気のいい本屋も、器量のよいウエイトレスがいるカフェも既に知っていた。時が満ちるまでの仮初めの居場所のつもりであったが、私はなかなかこの街を気に入っていた。
 ガルマと共にガラス張りの壁際の席に腰を落ち着けると、答えはすぐに出た。店員はおしぼりをひとつだけ持って来て、私だけを見、ガルマがさっきあれだけ甘味を食べたにも関わらずハニートーストが食べたいなどと言っているのを華麗に無視し、私一人分の注文を取って戻っていった。ガルマはガラス越しに道ゆく人々に大きく手を振ったり顔をガラスに押し付けたりしていたが、なんの反応もないことを知ると店内をうろうろしはじめ、他の客や店員の目の前で手を振ったり肩を叩いたりしていた。やはり反応はなかった。どうやら見えていないらしいと知ると店の外に出て行ったが、すぐに戻ってきて、ふうと息を吐き優雅に脚を組んだ。さっきまでガラスで押し潰したブサイクな顔を晒していたくせに、いきなりそう公子然と振る舞うのが滑稽だったが、口には出さなかった。
「早かったな」
 私が声をかけると、ガルマは肩をすくめた。
「どうやら君からあまり離れることができないらしい」
 それはつまり、私に取り憑いているということか?やはり怨みとか呪いとか、そういうものなのだろうか。心当たりはある、もちろんある。私は呪い殺されるのだろうかと密かに落ち込んでいると、ガルマが場違いな文句を言い始めた。
「私もコーヒーが飲みたい」
「それはまずいだろう。カップだけが浮いているように見えるんじゃないか?」
「別にいいじゃないか」
「私が嫌だ」
「あっ、でもさっき店の扉を通り抜けられたぞ!すごい!物を触らないこともできるらしい」
「それでもコーヒーは飲めないだろう。すり抜けられたところでどうやって飲むんだ」
 くだらない会話をしながら、ああまたガルマのペースに引き込まれている、これはいかんと思い、現状について話すことにした。
「で、君はなにかこの世に未練があるのか?」
 そう尋ねると、ガルマは荒唐無稽なことを耳にしたかのようにくすくすと笑った。
「ないよ、そんなもの。死んでから帳尻を合わせようだなんて、考えたこともない」
 私は不意に心がささくれ立つのを感じた。ガルマのこういうところは、得難い美徳であり、一種の非情でもある。冷たい男だと思う。
「でも君が、なんというか、そういう幽霊のセオリーみたいなものを知っているってことが、すごくおかしいな」
 ガルマが笑い続けるものだから私はなんだか居た堪れなくなって、コーヒーを啜ることでごまかそうとした。
「だが、それならなぜここにいるんだ?理由がわからないなら解決策も見出せない」
 ガルマは私の言葉に眉を顰めた。
「そんなに私に消えてほしいのか?君は」
「私だって、呪い殺されるのはごめんだからな」
「だからそんなことないって」
 ガルマは呆れたように両手を広げたが、信じていいのかどうか。順当に考えれば私は呪われているだろう、これは。
 頭を抱えると、ふと隣の席のご婦人がこちらを怪訝そうに見ていることに気が付いた。
 ようやく一人でしゃべっている自分が周りからどのように見えるかということに思い至り、口を噤んだ。突然黙り込んだ私に、無視するなだなんだとガルマがぶうたれていたが聞こえない振りをした。察しろ。




**********




「……寝首でも掻くつもりか?」
 寝て起きたらすべてが解決しているかもしれない。そう考えて早めに床に就いたが、ベッドの脇に座り込むガルマが気になって消した電気をもう一度点けた。
「失礼だな君は!」
 ガルマは露骨にムッとした。
「眠くないし君から離れられないし、他にどうしようもないだろ。いいから寝ろよ」
 私の寝顔を凝視する以外に、さすがになにかあるだろう、本を持ってきて時間を潰すとか。スタンドライトくらい貸す用意はある。そう思ったが、なんだか地雷を踏んでしまったようなので、これ以上面倒なことになる前にさっさと寝ることにした。仮にガルマが寝首を掻くつもりで居たとしても、私のほうはずっと寝ないわけにもいかない。傍らの視線を痛いほど感じながらも、眠りは案外あっさりとやって来た。




**********




 私の希望的観測は翌朝すぐに打ち砕かれた。
「おはよう!」
 そのときを今か今かと待っていたのだろう、私よりも先に素早く目覚まし時計を黙らせたガルマは、私の顔を覗き込んで溌剌と朝の挨拶をした。
「一晩中起きてたからすごくお腹が空いた」
 幽霊になったガルマは睡眠を必要としないらしい。それなら食事も必要なさそうなものだが、たとえガルマの錯覚であるにせよ空腹感を覚えているのを我慢させるのも気が引ける。そういうわけで、今朝もまたキッチンはパンケーキの甘い匂いで満たされているのだった。
「というか、物に触れられるんだから自分で作ったらどうだ」
 私の皿にはプレーンなパンケーキが乗っている。対してガルマの目の前にあるのは生クリームのどっさりと盛られたパンケーキで、パンケーキというより最早生クリームだ。それだって私が盛ったのだが。
「いいじゃないか。君、暇そうだし」
 ガルマはまったく悪びれずにのたまった。彼のこういった無神経さはたまに私を愕然とさせる。実際今はわりと暇だったが、幽霊より忙しいことは確かだろう。
「……まあいいさ」
 ため息混じりにそう零してから、日常の些細なことではいつもこうして私が折れていたことを思い出した。あの頃、ガルマを底なしに甘やかしていたのは、彼に取り入るための策略だった。それでは今はどうなのだろう。
「どこか行きたいところはあるか?」
 私が聞くと、ガルマは少し考えて、別にないと答えた。ならばやりたいことはないのかと聞くと、それも特にないと言う。
 ガルマは自覚していないが、おそらく何かやり残したことがあるから化けて出たのだろう。その未練を果たさせてやればいなくなるのではないかと考えたのだったが、ガルマ自身に願望が無いのではどうしようもない。
「君のやりたいことをやるといい。私は勝手に着いて行くさ」
 ガルマは心底こだわりがないといった様子でそう言った。私はとりあえず、この町で行きつけの場所にガルマを連れて行った。連れて行ったというか、どうしたって勝手に着いてくることになるのだが。
 私たちは町の公園を歩き、カフェや、本屋や、パン屋、それから橋のふもとのジュースの売店に行った。またあるときは教会に合唱団の歌声を聴きに行き、あるときは川沿いの喫茶店のテラスから、薄墨で引いたように微かな対岸を眺めたりした。そのようにして数日を過ごした。そしていつも一日の終わりには、私が眠るのをすぐそばでガルマが見つめていた。




**********




 その日は近所のカフェでコーヒーを飲みながら本を読み、帰りに本を返しに図書館に寄った。この町の図書館は古く伝統的な建築物であり、その外観も私は気に入っていた。新しい本を借りて、図書館を後にする前にトイレに寄った。ガルマは好奇心に目を輝かせて色とりどりの背表紙を眺めていたが、私がトイレに行くので強制的に引きはがされる形となった。
 家のトイレなら個室しかないので考えなくていいが、公共のトイレではガルマに隣にいられるとさすがに気まずいので、個室を選んで入った。わざわざ入った個室から出ると、ガルマが洗面台の前に立って待っていた。それでもなんとなく気まずい。そう感じながら黙々と手を洗い、顔をあげてぎょっとした。鏡には自分しか映っていない。咄嗟に首を回して隣を見ると、そこにはガルマがいた。
「どうしたんだ?急に慌て出して」
 ガルマはきょとんとした顔をしている。驚く自分がおかしいような気がしてくる。幽霊なのだから当たり前か?当たり前なのだろうか。私はうるさい心音を耳の奥で聞きながら、再び鏡を見つめた。トイレの薄暗い蛍光灯の下に、男がひとり立っている。どこか陰気な光は、男の顔に近寄りがたく感じさせるような影を作っていた。
 帰り道の途中で公園を横切る。公園の中の道を突っ切ると間借りしているアパートまでの近道になる。いつもたいていこの道を通る。夏の終わり、秋の芳しさが混じり始めた少し寂しい空気を吸い込みながら、ふいに木々の根元に生い茂る青々とした草に目が留まった。緑のほとんどはシロツメクサだ。少し前までは、白い花が一面に広がっていた。そうだ、その花に気付いたのは、ガルマに出会う前日だったと思い出す。
 あの日も帰りにここを通り、シロツメクサの花畑を眺めて、ずいぶん長い間その場に佇んでいたと思う。肌寒さにはっとしたときには、日はとっぷりと暮れており、家路を急いだのだった。
 私はそれを見て何を思ったのだったか。
 なぜだか私は急に不安になった。さっき見た鏡の中の景色が脳裏を過る。ほの暗いあかりの中、私しか映っていない鏡。
「ガルマ?」
 あたりを見回すが、見当たらない。西日は消えかけ、夜が広がり始めている。私はまるで、刻限を顧みずに遠くまで出かけてしまった子どものように心もとない気持ちになった。
「なんだい?」
 しばらくすると、ガルマはあっさりと顔を見せた。近くの木の陰で何かやっていたらしい。その自由気ままなことに思わず言葉を失う。
「まったく……」
 公園の木々の向こう側へと沈みゆく太陽の、最後の輝きがガルマの顔を赤く照らし出した。それがなぜか神聖なものに見えて、思わず口を噤んだ。そんな私の気持ちをよそに、ガルマは後ろに隠していた手をずいっとこちらへ突き出した。
「見ろ!四つ葉のクローバー!」
 ふふん、とまるで鬼の首を取ったかのように得意げな顔をする。何も言えずにいる私に、ガルマはそれを無理やり握らせた。
「君にやろう。幸運が必要なのは、きっと君だと思うから」
 ガルマが恩着せがましく言うのに、私はようやく微かに笑うことができた。
「……そうだな。魔除けにするよ。最近、たちの悪い幽霊に取り憑かれていてな」
 冗談を言うと、期待通りにガルマが機嫌を損ねた。怒るガルマの顔を見て、私はなぜだか安堵した。
 このガルマは、シャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンであると知っているのだろうか。自らの死の原因を理解しているのだろうか。私たちはそれについて一切話題にしていない。そのことに今更気が付いた。
 私はきっと恐れているのだ。情けなく、愚かしい。けれども、そういうものではないか?大人になればなるほど、情けない理由で恐ろしいことが増えていく。
 たとえば、ガルマと共に四つ葉のクローバーを探している子どもだった頃、恐ろしいことがこの世にいくつあったというのだろう?私たちはきっと無敵だった。
 ガルマは、あの頃のことを覚えているのだろうか。そうだとして、私に思い出させたいのだろうか。
 私は、真実が恐ろしかった。それがどのようなものであるか、それすらもわからないというのに。




**********




 士官学校の私室。夜中にふと目を覚ますと、相部屋のガルマが勉強机に突っ伏して眠っていた。ベッドから降りて、机の上の点けっぱなしのスタンドライトを消す。そのままベッドに戻ろうとしたとき、消したはずの光が目に焼き付いて、ここではないどこかで輝いた。そして脈絡もなく思い出す。
「キャスバル!」
 幼いガルマがこちらに向かって駆けてくる。そこは見晴らしのいい丘の上だ。青々としたクローバーが生い茂っている。ガルマは手に持った四つ葉のクローバーを私に見せた。どちらが早くそれを見つけられるか、競争していたのだ。
 ガルマはそういったものを見つけるのが得意だった。私は反対で、四つ葉のクローバーなど見つけられたためしがなかった。同じ場所を見ているはずなのに、不思議なものだ。負けた私はいつもガルマに花の冠を作ってやった。妹がいるから、そういったことには慣れたものだった。妹と同じ扱いをするのもどうかと思ったが、ガルマが素直に喜ぶので、私も悪い気はしなかった。
 そんな遠い昔のことを、なぜだか急に思い出した。そして、なんとなくまた机で眠るガルマのもとへ引き返し、ガウンを肩に掛けてやった。
 私があの優しかったキャスバルだと、知ってほしかったのだろうか?真実を知らないガルマを内心で見下して、それに喜びを見出していたにも関わらず。
 そんなことで伝わるはずもないのに。

 虚しい夢から目を覚ますと、まだ夜だった。夜明けは遠い。真っ暗な室内を見回すと、いつも近すぎるほど近くにいるはずのガルマがいなかった。夜着にコートをひっかけただけの恰好で、私は外に出た。向かう場所はひとつしかなかった。




**********




 地面が光っている。ひとめ見たときはそう思った。目を凝らすと、それはシロツメクサの花々だった。ついこのあいだ、散ってしまったはずなのに。しかしそれは、今ここで、見紛う余地もなく白く輝いている。
「もう目覚めたのか?まだ夢の途中だったろうに」
 光の原っぱに佇むガルマは、こちらを振り返っていたずらっぽく笑った。
「君は……私から離れられないんじゃなかったのか?」
 弾む息のあいだを縫って、口をついて出たのはそんな言葉だった。私はこんなことを言いにここまで来たのではない。しかし、それならば何を言いに来たのだろうか。
「私は別に。君がいいならいいんだ」
 ガルマはどうでもよさそうに肩をすくめた。そしてシロツメクサの草原に目を落とした。走ってきた私も歩を緩めて、ガルマの隣に並んだ。そっと盗み見たガルマの顔は、花の輝きに照らされて白く浮かび上がっているように見えた。夜の街は深く眠っている。起きている者は私たちしかいない。完全な静寂を破ったのは、もちろんガルマだった。
「君は私に何を望んでいるんだ?」
 私はすぐには答えられなかった。
「いまなら、どうにでもすることができる。私たちの関係を」
 ガルマが私に一歩詰め寄って距離を縮めて向かい合う。ガルマの細い髪が夜風に煽られて、懐かしいにおいがした。知っていた。すべてかつて知っていたものだ。何も変わっていない。変わったのは自分だけだ。子どものころは大切なものを当たり前のようにわかっていたのに、大人になるにつれて光を失い、どんどん盲目になっていく。
「どうやって?」
 私が発した声は、思いの外縋るような切迫さを伴って私の耳に響いた。もしかすると、私は実際縋ったのかもしれない。私が死なせたときの若い姿のままの、この青年に。
「私がここにいるのは、君が望んだからだ。シャア、すべて君の思い通りになる」
 だからこうして花も咲いているだろう?
 ガルマの言うことは、その内容の突飛さとはうらはらに、私の胸にすんなりと落ちついた。はじめからそれを知っていたのかもしれない。今となってはそうとさえ思えた。
 私の望み。ずいぶん遠くにあるように思えるそれを探し出そうとする。
 望めば叶うだなんて思っていたのは遠い昔のことだ。望めば叶う、求めれば与えられると心のどこかでまだ信じていそうなガルマのことを、ずっと馬鹿にしていた。けれどほんとうは信じたかった。君と同じ、子どもじみた甘すぎる夢を見たかった。
「ガルマ、たぶん私は……」
 自分の言おうとしていることのあまりの馬鹿馬鹿しさに言い淀んでしまう。だが、どうせここにはふたりしかいないのだ。そう思い直し、深く息を吸い込む。
「……たぶん私は、君と友達になりたかったんだ」
 ようやくそう口にした私に、ガルマは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてみせた。それから花のつぼみが開くようにきれいに笑った。
「私たち、もう友達じゃないか」
 屈託無くそう言ってのけるガルマを見て、私は驚いてしまう。いつもそうだ。私の心の歪曲を到底理解し得ない、君のその強さはいっそ残酷だ。私たちはきっと、遠い星の、まるで異なる言語で話をしているのだ。
 私はガルマを見下ろした。死に別れたときよりも小さく感じる。愚かな大人になる前に永遠になった無垢な青年。その笑顔を見つめる。
 それでもいま、ここに向かい合って立っている。
 結局何も言わず、私はガルマに微笑み返した。

 白い花が放つ光が小さくなり、天に星の光がぽつぽつと灯りはじめた。あるいは、天の光はずっとそこにあったのかもしれない。地上の光が明るすぎて、見えていなかっただけなのかもしれなかった。けれども、それはまるで、地上に降りて来ていた星が、天に帰って行くかのように見えた。ガルマと私は揃って夜空を見上げた。
 魔法の時間はもうすぐ終わるのだろう。それは確かな予感だった。
 こんな夜があるはずがない。けれどたしかに今ここに、君がいて、私がいる。
 たとえ私が忘れても、私を知る者が誰もいなくなっても、この瞬間はなくならない。それはすべての過去、すべての未来における真実だ。
 長いあいだ、星空を見上げていた。どれだけそうしていただろうか。視線を正面に戻すと、心のどこかで予想していた通り、そこには誰もいなかった。夜の帳の落ちた公園で、私はひとり佇んでいた。細く息を吐き出すと、私は公園を後にした。去り際に、もう一度だけ天を仰いだ。瞬く星々を見た。いつか私が見た光。そして、これから誰かが見る光を。




おしまい

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20170702

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